〜4.闇の中には〜


気が付いたとき、僕は闇の中、一人立ち尽くしていた。

「ここは……?」

僕は辺りをきょろきょろと見回した。

辺りは深い闇が拡がっている。

まるで、奈落の底に落ちてったようなイメージだ。

「……あれ?」

不意に、僕は足元に何かの感触を感じた。

足元を手探りすると、そこにはランプが一つ転がっていた。

「ランプ…? 何でこんな所に?」

首を傾げながらも、僕はランプを拾い上げた。

すると、ランプは微かな光を放ち始めた。

……何でだろ? その光を見てると、何故だか落ち着いてくる。

「……とりあえず、あっちに行ってみるか」

僕はとりあえず歩き出した。

どうせ、方向なんて分かってないんだ。前に進めば、何かあるはずだ。

何が僕を待っているのかは、今はまだ分かんないけど。


一方その頃。

「零一君……」

零一君の体は、静かな眠りについている。

「れーいちくん、どーしたのー? 早く起きなよー」

あたしは顔と顔が触れ合う距離まで顔を近づけた。

すると、零一君の額から大量の脂汗が流れ、顔が苦痛に歪んだ。

「……あれ? これって確か……」

あたしは軽く目を閉じて、何かを思い出そうとした。

数秒後。

「ひょっとして、あいつの仕業かも!」

あたしはガバッと体を起こした。

「昨日のあいつらが、零一君の体に乗り移ったんだ!」

昨日のあいつら。

そう。あたしが零一君に見せたあの亡霊達。

どうやら、そいつらの中の一匹が零一君の中にその身を忍ばせていたみたい。

……しまった!

あたしとしたことが、とんでもないミスをやらかしてしまった。

それも、何の罪もない零一君を危険な目に合わせるという、取り返しのつかないミスを…。

「……と、とりあえず、零一君の魂と連絡取らないとね」

あたしは一つ頷くと、零一君の手をとった。

「………遠き意識の深淵に閉じこめられし魂よ。いざ、我とその意志、通じ合わせよ……」

あたしは小声で呪文を唱えた。

その瞬間、あたしと零一君。二人の体はほのかな光に包まれた。


(……零一君……聞こえる…?)

「ん……?」

不意に、綾さんの声が僕の頭の中に響いたような気がした。

「今、綾さんの声が聞こえたような……」

僕は足を止めて、辺りを見回す。

でも、誰もいない。

「気のせいか」

僕がそう思ったときだった。

(零一君!!!)

「んひゃあっ!?」 ……今度は、間違いようがなかった。

なんたって、綾さんの声が、頭がクラクラするほどの大音量で聞こえてきたんだから。

「あ、綾さん?」

頭を押さえながら、僕は辺りを見回す。

ひとしきり見回した後で、綾さんがここにいないことに気が付いた。

(あ、反応があった)

脳天気なまでの綾さんの声が、僕の頭の中にこだまする。

「綾さん、ここは一体……何なんでしょうか?」

(………んーとね、多分、零一君、キミの意識の奥底だと思う)

「………は?」

僕は綾さんの言葉に、思わず首をひねった。

さすがに、綾さんの言葉だけでは、今自分が置かれている状況ってのは理解できなかった。

(……何か、昨日の化け物が、零一君の体の中に居座ってるみたい。とりあえず、そこでしばらく頑張ってて! あたしも何とかそこから出られる方法を考えるから)

そこまで来て、僕はようやく自分の置かれた状況ってのに気付いた。

……こんな暗いところで、一人でいなければいけないの?

辺りは一面の闇。ほとんど視界は利かない。

………何かやばそうな気がするけど………ま、いっか

僕はそう心の中で呟くと、その場に腰を下ろした。

……相変わらず、緊張感に乏しい僕だった


「……ひとまず大丈夫みたいね。でも、どうしよう……」

零一君にはあんな事言ったけど、あたしの頭の中には何の策も浮かんでなかった。

……零一君…

あたしが出来る事はただ、零一君の無事を願うことだけだった。


「あなたの体、頂けませんか?」 その言葉と共に、突如、闇の中から一人の男が現れた。

グレーのスーツを着込んで、無精髭が目立つ、見た目三十代前半の男。

背は僕よりも結構高い。どっかのストーカーみたいなオーラを漂わせていた。

「は……?」

男の言葉の意味がつかめず、困惑する僕。

「いいんですよ。あなたの同意を得られなくても、あなたの魂……つまり、今ここにいるあなたを倒せば、この身体は私のものとなります。ふふふふふ……」

男は一人で勝手に話を続けていく。

そして男はいっちゃった目と共に、スーツのポケットから一振りのナイフを取りだした。

象も殺せそうなくらいの大型ナイフ。

でも、僕はこう思っていた。

あんなナイフ、どうやってポケットに入れてたんだろう?

まだ、場の雰囲気に馴染んでいない僕。

だが、男の準備は整っていた。

「それじゃ、お命頂戴!」

男が叫んだ瞬間、僕らの周りに無数の蝋燭が現れた。

次の瞬間、男がナイフを構えながら、僕目がけて突進してきた。

「嘘ぉ!?」

ここまで来て僕も、ようやく事態を呑み込んだ。

だが、さすがにこの展開はやばかった。

「ど、どうしよう……」

慌てふためく僕。

その間にも、男はどんどん間合いを詰めていく。

「喰らえ!」

「わっ!」

次の瞬間、予想外のことが起こった。

ガシィィィィッ!

僕は倒れざまに、右足で男の手を蹴り飛ばしていた。

ほとんど無意識のうちの行動だった。

もちろん偶然なんだけど。

男の右手からナイフが離れ、宙を舞う。

カツ――ン。

そんな乾いた音を立て、ナイフは地面に転がった。

「くそっ!」

男は右手を押さえると、今度は胸ポケットから小振りのナイフを取りだし、再び僕に襲いかかってきた。

二撃、三撃、四撃……。

僕は文字通り必死で男の攻撃を紙一重でかわす。

だが、それもそんなに長くは続かなかった。

「はぁっ、はぁっ…」

そもそも、普通の大学生である僕の体力はあくまでも一般的ぐらいしかない。

二十回近い攻撃をかわした辺りが、正直僕の限界だった。

「喰らえ!」

男のナイフが闇を切り裂き、僕を襲う。

僕はよけようとした。

が、身体がついて行かない。

ズシュッ!

「うああーっ!」

ナイフが肉を切り裂く音と、僕の絶叫が闇の中にこだました。

「ふふふ、まずは一撃……」

闇の中、男は唇を歪めて笑った。

やば……結構重いぞ、これ…。

どうやら、腹の辺りの肉をえぐられたらしい。傷口の辺りが熱くなり、身体の感覚が激痛で麻痺していく。

「ふふふ………もう終わりですか?」

男の声が聞こえる。

もうだめだ………!

僕は観念したかのように目を閉じた。


と、その時だった。

ブワアァァァァァァァァァッ!

突如、ランプが激しく光り出した。

一瞬、目を閉じたはずの僕の視界が真っ白になった。

「ぐわあぁぁ! 目が、目がぁぁぁぁぁ!」

男の叫びが光の向こうから聞こえてくる。

どうやら、男は今の光で目をやられたらしい。

「……今だ!」

チャンス到来。僕は男に向かって突進した。

不思議なことに痛みは感じない。

「喰らえ!」

ド―――――ン!

僕は男に全体重を込めたタックルをかました。

そのまま男ごと、僕は地面に倒れ込んだ。

とその時だった。

ブシャァァァァァッ!

派手な音を立て、僕の目の前で血飛沫が上がった。

「な、何だ……!」

顔を上げた僕の目の前に、とんでもない光景が広がっていた。

「ひ……………!」

僕のすぐ目の前にあったもの……。それは、男の生首だった。

そのすぐ傍に、血で紅に染まったナイフがランプの光に浮き出されていた。

最初の攻撃喰らったときに、僕が蹴り飛ばしたナイフだ。

どうやら、倒れ込んだとき、何らかの拍子でナイフが男の首を切り裂いたようだった。

……………

目の前で繰り広げられる惨劇に、僕の頭は真っ白になった。

数瞬の間を置いて、男の死体が音もなく消えた。

まるで蜃気楼のように、すーっと全てが消えていった。

男も、ナイフも、男の血も、僕の傷も―――――

全てが消えたと同時に、目の前が急にさっきとは違う光で覆われた。

ああ、意識が戻るんだ……

僕は直感的にそう感じていた。

でも……さっきの光は、一体何だったんだろう?

次の瞬間、僕の視界は再び真っ白な光に覆われた。


「………………綾さん?」

「零一君!」

零一君が目を覚ました。

その瞬間、あたしの胸の中は嬉しさと安堵感で一杯になった。

その嬉しさの余り、あたしはとんでもない行動に出た。

「良かった……!」

気が付いたとき、あたしは零一君の首に腕を回し、抱きしめていた。

「ごめんね……」

「え? え?」

いきなりの展開に、零一君は目を白黒とさせている。

……お疲れ様、零一君

そのまま、あたしはちょっとの間、零一君を抱きしめていた。

なんか、すっごく暖かった。


数分ぐらい経ったとき。

ピピピピピピピ。

不意に、ケータイの着メロが鳴った。

「はい、もしもし……あ、景一君?」

どうやら、相手は景一君らしい。

……いつの間にケータイの番号、教えてたのかな?

あたしはそう思った。

「……え!?」

でも次の瞬間、零一君の表情が緊迫したものに変わった。

「……うん、うん……分かった。じゃ、今から綾さん連れて、そっちに向かうから。もうちょっと我慢して」

零一君は電話を切ると、あたしの方を向いた。

直感的に、あたしは美雪ちゃんの容態が悪化したのだと悟った。

「綾さん」

「零一君、行こう!」

こうなったら、行動しかない。

あたしらは、急いで美雪ちゃんの家へと向かった。


その途中。

あたしらはバイクで、美雪ちゃんの家に向かっている最中だった。

驚いたことに、このバイクは零一君のものらしい。

どうやって手に入れたのか、すっごく気になったけど、それは後でいくらでも聞き出せる。

「後十分で着きます!」

零一君の声が前から聞こえてくる。

………ひょっとして……この手が!

刹那、あたしの頭の中に策が浮かんだ。

「零一君! 美雪ちゃんを助ける方法…。思いついたよ!」

「え!」

よっぽど驚いたのか、零一君はバイクを止めてしまった。

「どどど、どんな方法なんですか!」

「んーとね、耳貸して」

「あ、はい」

ゴニョゴニョゴニョ…。

「……そんな手で、本当に大丈夫ですか?」

「多分。成功するかしないかは、運次第って事で」

その瞬間、零一君の顔からすぅーっと血の気が引いてった。

「そ、そんな。下手したら、僕の命が……」

「ま、そん時はそん時で。それより急いで!」

「あ、はい!」

そして、あたしらは再び風となった。


「うーん……景ちゃん……助けて……」

苦悶の表情を浮かべながらベッドの中で唸る美雪ちゃん。

「美雪ちゃん、頑張って!」

必死で励ます景一君。

だが、美雪ちゃんの体力は刻一刻と削られていく。

それは、ある意味時間との戦いだった。

僕らが着くのが先か、それとも、美雪ちゃんの体力が尽きるのが先かの。

「早く来て…」

景一君は神に祈った。

すると、気まぐれな女神は、奇跡的なスピードで景一君に微笑んだ。

ダダダダダ…。

ドンドンドン……。

騒々しい音が階下から響いてきた。

しかも、その音はどんどんボリュームアップしている。

「ひょっとして……」

景一君の中にある期待感がどんどん膨らんでいく。

期待感が最大にふくれあがったとき―――。

ガチャリ。

そんな音と共に、ドアが勢いよく開いた。



次へ進む

前に戻る

小説へ戻る