〜7.再会の演出を〜


「さーて、始めましょ」

「はいはい」

街の外れにある、古ぼけた小さなお宮。そこに僕らはいた。

どうしてここに移動したかというと、理由は簡単。周りに何もないからだ。

小高い丘の上にあるこのお宮の周りは、小さな雑木林で囲まれている。

そのため、術を行っても目撃されずに済む……と言う理由があるらしい。

……本当かどうかは疑わしいんだけど。

綾さんはと言うと、お宮の床じゅうに絵を描いている。

本人曰く、「結界を張ってる」だそうだけど、僕にはそう思えない。

そして僕はと言うと、ぼけーっと空を見上げていた。

僕の真上に拡がる空は、冬晴れの雲一つ無い青空が拡がっていた。

まるで、今の僕の心の中を映し出しているかのように。


「零一君、出来たよー!」

「分かりました」

綾さんに引きずられるまま、僕は結界の真ん中に立った。

すると、それを待っていたかのように、僕の周りに無数の悪霊達が姿を現した。

「グオオオオオオオ!!」

どいつもこいつも目をギラギラと光らせ、殺気立てている。

状況的に、かなりヤバい。

「あ、綾さん?」

僕は綾さんに助けを求めようとした、まさにその瞬間だった。

「あんた達、邪魔!」

バシィィィィィィィィッ!

「…………嘘?」

僕は目を真ん丸にして驚いた。

一瞬の出来事だったが、僕は確かに見た。

綾さんが何にもない空間から、一振りの薙刀を取りだし、そしてその薙刀で、悪霊達をあっさりと薙ぎ払ったのを。

「……綾さん」

「なーに?」

「………あなたは一体、何者なんですか?」

僕の質問に、綾さんはイタズラっぽく笑って答えた。

「ひ・み・つ。……これが無事に終わったら、教えたげる」

「……はぁ」

確率低そう……

僕は正直そう思った。


「じゃ、始めるよ」

「分かりました」

あたしらは、結界のど真ん中に、丁度向かい合うような形で座った。

すると、零一君の様子が急におかしくなった。

土壇場になって恐怖が襲いかかってるんだろう。あたしはそう悟った。

………しょうがない。あの手で行こう

あたしはおもむろに口を開いた。

「零一君。おまじないしてあげよっか?」

「おまじない? どんな?」

「……恐怖心を消すって奴」

零一君は頷いた。

「じゃ、ちょっと目を閉じて」

すると、素直に零一君は目を閉じた。

その素直さに苦笑しながら、あたしはそっと零一君にキスした。

「!!!!!!!!」

零一君が驚いてるのがすぐに感じられて、面白かった。

数秒間ぐらい続けて、あたしはそっと唇を離した。

「零一君? おーい」

あたしは零一君の目の前で手をヒラヒラと振った。

でも、何の反応もない。

……あーあ、やりすぎちゃった

あたしは心の中で呟いた。

どうやら、零一君、こういうのには免疫がないみたい。

過ぎたことは仕方ない。あたしはそう割り切って術を始めることにした。

「………天界に在りし二人の魂よ。今再び地上に降り、我らの身体に入らん……」

次の瞬間、二人の身体は眩い光に覆われた。


(……ん? ここは……?)

真っ白な光の中、僕の意識は戻った。

(零一君……)

どこからともなく、綾さんの声が聞こえてくる。

(綾さん……ここはどこですか?)

すると、綾さんの声が頭に響いてくる。

(今から、あの二人があたし達の身体に乗り移るから……)

(は、はい!)

僕は慌てて目を閉じ、心を落ち着かせた。


「…………?」

ほのかな光に包まれた結界の中、僕は立ち上がった。

でも、今僕の体を動かしてるのは、僕じゃない。景綱という少年だ。

景綱は何が起こったのかも分からずに、きょろきょろと辺りを見回す。

でも、辺りには見覚えのない光景が広がっている。

「……ここはどこなんだ?」

景綱は不安げな面持ちで呟いた。

と、その時。

「……景綱さん」

景綱が後ろを振り返ると、そこには綾さんが立っていた。

もちろん、こっちも綾さん本人じゃない。小雪だ。

「……小雪?」

無意識のうちに、景綱はその名を呼んでいた。

「うん」

小雪は大粒の涙を零しながら、大きく頷いた。

「お、お前、どうして…。死んだはずじゃ…。それに、俺は何でこんな所に……?」

「あのね、景綱さん。実は……」

そう言うと小雪は、持てる全ての勇気を振り絞って、今までの経緯を全て話した。


「……と言うことだったの」

時間にして約三十分。でも、二人からすればその数倍にも感じたことだろう。

「そう……か」

景綱は目を瞑ると、小さく頷いた。

「ごめんなさい……」

小雪は震える声で、景綱に謝った。だが涙のせいか、最後の方は声になっていなかった。

それでも、小雪は同じ言葉を何回も、何回も繰り返した。

自分のわがままのために、零一や綾、景一や美雪、そして景綱に迷惑を掛けてしまった。

ごめんなさい。本当にごめんなさい――――

謝って済まされることではない。でも、小雪は謝り続けた。

だが、景綱の反応はない。


永遠に続くと思われた沈黙の時間は、あっけなく終わりを告げた。

「………お前が死んでしばらくした後、俺は全てを知った……お前の家を焼き、家族を皆殺しにした奴らの一人が全てを白状したんだ」

ぼそぼそと言った感じで、景綱は話し始めた。

「………」

「……馬鹿な話だよな。あんな女に騙されたあげく、お前にあんな目に遭わせちまうなんて……。俺はその話を聞いてすぐ死を選んだ」

「え………」

その瞬間、小雪に驚きの表情が浮かんだ。

「お前を裏切ってしまった。今更許されるとは思ってはいない。………済まなかった」

そう言って、景綱は深々と頭を下げた。

一瞬の間を置いて、小雪は景綱の胸に飛び込んだ。

「景綱さん……」

「小雪……」

そのまま、二人はお互いを慰め合うように、しばらく抱き合っていた。

しばらくして。

「小雪………行こうか。ここにいたら、この人達にも迷惑がかかるし」

天井を見上げ、景綱は囁くように小雪に言った。

「……はい」

小雪は頬を赤らめて、小さく頷いた。

その目からは、絶えることのない大粒の涙を流して。


(……ぁ………綾さん)

(………………零一君?)

薄れ行く意識の中、僕は綾さんの名を呼んだ。

精神エネルギーって奴が尽きかけているのか、急速に意識がぼんやりしていくのが、自分でも分かった。

このままじゃ、間違いなく僕の人生は終わるだろう。

(………もうダメです)

(………後もうちょっとだから、我慢して!)

綾さんの励ましに、僕は泣くのを我慢した。

(………はい)


「それじゃ、行こうか……」

「はい」

小雪は頷いた。

すると、僕らの身体からすぅーっと、淡い光と共に、何かが抜けていった。

………パリン

同時に、二人を覆っていた結界が、音を立てて割れ、その抜けていった何かは、静かにその姿を消していった。


(……ん?)

その瞬間、僕は急速に視界がクリアになっていくのを感じていた。

(……うまくいったのかな……?)

そう思った次の瞬間、僕の目の前に、何かが写った。

二つの人影。

(今のは……)

それの答えを知る間もなく、僕は再び真っ白な光に包まれた。

でも、白い光に吸い込まれる間際、僕の頭の中に声が聞こえた。

―――ありがとう……

それが二人の、僕らへの別離の言葉だったということを僕は悟った。



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