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〜第二章 山口・風雲 その壱〜


隆房様が謀反を決断したその一月後。

富田若山城の馬場に兵が集まりました。

「者ども、此度のわしの挙兵は謀反にあらず、義隆様を退け、強き大内を取り戻すための挙兵じゃ。皆勇んで戦え!」

ウォォォォ――――!!!!!!!!

兵たちの雄たけびが城中にこだまします。

「…………うまくいくかのぉ?」

三浦殿が横に立っている弘中殿に問いました。

「まぁ、御館様を討ち取るところまではうまくいくだろ」

「? その後は?」

首を捻る三浦様。

「まぁ、その時になってみねば分からぬ。そう言う事じゃ」

「なるほど」

納得したのか、三浦殿はポンと手を叩きました。

「まぁ、当面はうまくいくであろう。杉も内藤も石見の益田も、豊後の大友に安芸の毛利もこちらに付いておる。敵は筑前の杉(興運)と津和野の三河(吉見正頼)殿なわけだからな」

「そうであればいいな」

………ただ、一番侮れぬのは毛利殿(元就)だがな……

ポツリと呟いた弘中殿の呟きは、幸か不幸か、誰も聞く事はありませんでした。


八月二十日。

数日前に出陣した隆房様は安芸桜尾城を占領。

時を同じくして、三浦・弘中両隊は山口目指して進軍を開始しました。

更に、毛利軍が陶勢に共鳴し、佐東郡の親義隆派の拠点を攻撃するために出陣しました。


海の香りが漂う桜尾城(現:広島県廿日市市)の大広間。

隆房様はその場で軍議を開きました。

「隆房様、とりあえず安芸の要を抑えましたな」

「うむ。毛利殿は恐らく、銀山城(現:広島市安佐南区)を落とすのに苦労しているであろう。早速援軍を送れ」

「ははっ」

―――元就殿に貸しを作っておかねばならぬしのぉ……あわよくば城代も我等が手の者も……

ですが、隆房様の思いはあっけなく打ち砕かれました。

「殿、毛利殿より使者が!」

「何!?」

時を同じくして、使者が入って参りました。

「我が毛利勢、昨晩銀山城を攻略致しました。陶殿には後顧の憂いを気にせず、山口にお向かい下されとのよし」

「な、何ぃ!??」

毛利からの使者はニヤリと不敵な笑みを浮かべると、堂々と大広間から出て行った。


「ば、馬鹿な………あそこの城代は気骨のある福島元長だったはず……」

使者が去った後の陣中に、重い空気が漂い始めてました。

「何でここまで早く落ちるのだ……」

「信じられん!」

実はこれにはカラクリがあったのです。

隆房様は全く後存知ではなかったのですが、実は桜尾城代・福島元長殿と元就様は実は裏で繋がっていたのです。

福島元長殿は川ノ内警固衆の一人で、毛利家とは縁が深い将でした。

毛利家家臣・児玉就方殿の調略により、無血開城の打ち合わせが既に済まされていた……という事です。

―――毛利元就、侮れぬ

隆房様の頭の中に、毛利元就に対する敵意が目覚めた瞬間でした。


その頃、義隆様は相変わらず公家のような生活を続けていました。

それまで諫言を続けていた青景殿も既に義隆様に愛想を着かしたのか、居城に引き上げていました。

相良様でさえ、陶様による報復を恐れてか、石見の吉見様のもとへ出奔。

残っている主なお方は冷泉隆豊様ぐらいです。

自らに迫った蜜月の終焉に全く気付くことなく―――。


ポン……ポン……

築山館の能舞台。

いつもの如く、義隆様は寵臣の安富源内と清ノ四郎をはべらせて能に見入っています。

曲目は「田村」。

かつての征夷大将軍・坂上田村麻呂を主題にした作品でした。


「お、御館様、大変でございます!」

突如、隆豊様が義隆様の御前に飛び込んできました。

「冷泉殿、不謹慎であろう。御館様が気分よく能を見ておられるこの時に」

いつもの如く、源内殿が冷酷な笑みを浮かべ、冷泉様を追い出そうとしました。

「このたわけ者! 今はそれどころではないのじゃ!」

隆豊様の一喝に、源内殿はビクリと震え、黙りました。

「御館様、陶隆房様がこの山口に兵を向けております。すぐに兵を集めましょう!」

隆豊様の言葉に、義隆様は呆気に取られた表情を浮かべ、

「………そんな訳はあるまい、隆房がそんな事を……」

その時、同じく義隆様近習の一人、岡部隆景殿が蒼白な顔で義隆様の御前に現れました。

「御館様! 陶の手勢、荷卸峠(佐波郡徳地町)及び右田ヶ嶽(防府市右田)より山口に向け進軍中! 御館様、何卒ご決断を!」

「!!!!」

その時、確かにその場の空気が凍りつきました。



………………続きをお聞きになりますか?………………



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