〜2.乱入者〜


『あれ?』

何かに気づいたのか、僕と澪ちゃんが同時に叫んだ。

でも、その対象はそれぞれ別のものだった。

「……あーあ、雲が出てきた」

空を見上げ、僕は残念そうに呟いた。

いつの間にか、どこからともなく湧いてきた雲が、月を覆い隠している。

何となく、興をそがれたようなきがした。

「せっかくの月見なのに……。ねえ、澪ちゃん」

「零君、ちょっと待ってて!」

僕の声を遮るように澪ちゃんが叫んだ。 どうやら、澪ちゃんは何かを見つけたらしい。すぐそばにある草むら目がけてダッシュした。

「どうしたんだろ、ねえ、綾さん……?」

何気なしに僕は横に振り向いた。

「んー? どしたの……れーいちくん………?」

振り向いた先には、顔を真っ赤に染めた綾さんがいた。

トローンとした目に、呂律の回らない語調。おまけに口元からはよだれが垂れている。

恐らく、泥酔状態なのだろう。女の子としてはかなりやばい姿だ。

「綾さん」

「も、もー…ダメ。おやすみ………」

そこで綾さんは力尽きた。

「あ、綾さん……」

綾さんは僕にもたれかかるように倒れこむと、静かな寝息を立て始めた。

「………」

綾さんの髪が夜風に揺れ、僕の頬をくすぐる。

酒の匂いに混じって流れてくる、どこかほっとするような綾さんの匂い。

一瞬、僕は時が止まればいいな……、そんな妄想が頭をよぎり、思わず苦笑する。

「しょうがないな」

僕は仕方がないな、って言った感じに首を振った。

綾さんを抱きかかえて見る月は、何となくさっきとは違って見えた気がした。


「零君、これ!」

数分もした頃、澪ちゃんが戻ってきた。

「って………零君!」

そういうと、澪ちゃんはいきなり僕を睨みつけてきた。

「な、何?」

「零君………綾ちゃんを酔い潰して、何をしようとしてたのかな……?」

笑顔で言う澪ちゃん。

だが、その笑顔の裏に潜む殺気に、僕は体中の毛が逆立つのを感じた。

「と、ところで、何を見つけたの?」

僕はごまかすように話を戻した。

「これ!」

そう言うと澪ちゃんは僕の目の前にそれを突き出した。

その手には、小さくて白い物体が乗っている。

所々、赤黒いものが張り付いているのが少し気にかかった。

僕はしげしげとその物体を眺めた。

「うさぎ……?」

どこからどう見ても、ウサギにしか見えない。

よく見ると、赤黒いものは血だった。

「澪ちゃん……一体……」

僕が顔を上げた時、澪ちゃんが苦悶の表情を浮かべていた。

「ぜ、零君、この子をお願い……」

そう言った次の瞬間、澪ちゃんの体が霧みたいに薄れていく。

「おっと!」

僕は慌ててウサギを受け取ると、静かにコンクリートの上に寝かせた。

―――ねえ、零君。この子、助かるかなぁ?

元の姿に戻った澪ちゃんが、心配そうにウサギを見た。

「うーん、どうだろうね」

実際、医学の知識がない僕には何とも言えない。

―――でも、この子可哀想だよ!

いつになく、澪ちゃんの態度が真剣だ。

やはり、このウサギと自分の姿がかぶっているのかも知れない。

僕はそう感じた。


その時だった。

「あ…………」
今まで月を覆っていた雲が切れ、雲の切れ間から月明かりが差し込んできた。
町を洗うように降り注ぐ月光に、一瞬神々しさを感じた。

だが、次の瞬間。

「う………そだろ」

僕はうわごとのように呟いた。隣の澪ちゃんも、目を真ん丸にして絶句している。

驚きのあまり、今まで体中に回っていた酔いまで覚めてしまった。

だが、僕達の驚きも当然だろう。

なんせ、ウサギが月明かりを浴びた瞬間、少女の姿に変わってしまったのだから。

年頃は十四・五と言ったあたりだろうか。不自然なまでに赤い目と、雪のような真っ白い髪、それに髪の間から飛び出しているウサギと同じ耳が印象的だった。

純白のワンピースを身につけ、純白の髪を風に揺らして横たわっているその姿は、どこかのお嬢様みたいな高貴なオーラをかもし出していた。

しかも、驚くことに、姿を変えた瞬間、さっきまで見るに耐えないほどあった傷が、瞬く間に消えてしまった。

明らかに、怪奇現象だ。

『…………』

予期せずに起こった目の前の光景に、しばし重い空気が僕らを覆う。


数分後、ようやく澪ちゃんが口を開いた。

―――……零君、今の見た?

「……うん、バッチリと」

頷きながら、僕は改めて少女を見た。

小さな寝息を立てて眠る少女は、一見してちょっと変わった外見を持っている位にしか見えない。

だが、今の出来事を見る上では、少女は明らかに人間ではない。と言うことは、これ以上関わることは間違いなく厄介な事になるというのが目に見えている。

………どうしよう

僕は腕組みして考え込んだ。

『このままこいつを放っておけ。関わったらまた、えらい目に遭うぞ!』

右の耳から悪魔のささやきが聞こえる。

『……………』

少女に関わらない方がいいと言うことなのか、左耳の天使は沈黙していた。

―――零君、助けてあげてよ!

たまりかねたのか、澪ちゃんが叫んだ。

「……仕方ないか」

僕は大きく溜息を吐くと、少女を抱き上げた。

少女の体は思ったより遙かに軽かった。純白の髪が風に揺られ、僕の頬に当たる。

……やっぱり、優しすぎるのかな、僕

結局、こういう事になるとついつい助けの手をさしのべてしまうのが自分なんだと、僕は改めて認識した。

皮肉なことに、この性格が今まで続く厄介事の原因になっているのだけれど。


「………一体何だったんだろ、あれは」

家に帰り着くなり、僕は呟いた。

床には、布団が敷かれ、二人が寄り添うようにして眠っている。

片方は綾さん、そしてもう片方がウサギ少女(僕命名)。

静かな寝息を見て眠る二人を見ている上では、二人とも普通の少女にしか見えない。

―――ホント、不思議だよね

澪ちゃんも頷いた。

「……いや、別に死ぬほど驚いたわけじゃないんだけどね」

僕は皮肉っぽく言葉を返した。

実際、綾さんと出会ってから、様々な幽霊を見てきたし、今目の前にいる澪ちゃんだって、本当ならこの世に存在するわけがない少女だ。

そんな奴らを飽きるほど見ているから、何となく『慣れ』が生じてしまったと言ったところだと僕自身は思っている。

―――ふーん、でもどうするの? この子

澪ちゃんはウサギ少女を指差した。 「綾さんの酔いが覚めてから相談してみるよ。今は放っておこう」

実際それが一番確実な方法である。

―――零君がそう言うんだったら、あたしは別に反対しないよ

「ありがと」

僕は大きなあくびをした。同時に眠気が襲ってくる。

「……もう寝よう」

時計は十時半を指している。

たまには早く寝るのもいいかも知れない。

―――うーん、分かった。じゃお休み

そう言うと澪ちゃんは、ソファに寄り添うようにして静かに目を閉じた。

「お休み……」

それを見届けてから、僕は静かに布団に潜り込んだ。


そして夜中。

―――うーん……

真っ暗な部屋の中、一つの影が月明かりに照らされ、浮かび上がった。

影は、何かを求めるような感じで部屋の中を動き回る。

―――ん?

僅かな音に気付いたのか、澪ちゃんが目を覚ました。

―――零君、零君!

「………ん? どしたの、澪ちゃん」

僕は目を開け、ゆっくりと起き上がった。

―――何か、怪しい奴が部屋の中にいるよ!

「怪しい奴?」

僕は部屋をぐるっと見回した。

最初は全く分からなかったが、少しづつ闇に目が慣れてきたのか、僕もその影を視認した。


―――良し、もう少しだ

闇の中、私はほくそ笑んだ。

私の手には、たくさんの食料が握られている。

なぜかは分からないけど、こんな所に閉じこめられてしまったけど、すぐに脱出すれば済む話だ。

―――よし、出よう!

と、私がドアノブに手をかけようとした次の瞬間。

パチッ!

小さな音がした。

あっという間に、私は闇の世界から引きずり出されてしまった。

「やっぱり、キミか」

目の前に立っている男が、呆れた風に言った。

「まあ、こっちに来て座りなよ。ご飯くらいは食べさせてあげるから」

男は屈託無い笑顔を見せると、手をさしのべてきた。

―――仕方ない……か

私は何となく男の笑顔に、逃げる気をそがれてしまった。


……しかし、よく食うな、この子……

テーブルの向こう側に座る少女を見た、僕の第一印象である。

目の前の大皿に盛られている焼きそばの山が、あっという間に小さくなっていく。

明らかに、少女の食べるスピードは半端じゃなかった。

―――凄いね、この子………

横の澪ちゃんも呆然とする位に。

「ごちそうさま!」

少女の声に、僕は思わず時計に目をやった。

五分ジャスト。

一流のF・Fでも十分は間違いなくかかるという量である。そもそも、僕も食べるつもりで作っていたはずなのに、気が付いたら全部食べられていた。

……やっぱり、人間じゃないからだろうな

ごくごくとおいしそうに麦茶を飲む少女を見て、漠然としながらも、僕はそんな答を導き出した。 「おいしかったです。どうもありがとうございました!」

少女が頭を下げた。

「あ、まぁいいよ。それより、君の名前は?」

「……真夜です」

「真夜ちゃんね。ところで、君は一体どこから来たの?」

「……言っても、笑いません?」

真夜が急に険しい表情になった。

「笑わないって約束する」

零一は頷いた。

「実は私、月からやって来たんです!」

ドドーン! と言った感じの効果音がついてきそうな感じで真夜が叫んだ。

どうやら、こっちが驚くという反応を期待してるみたいだ。

「月………ね」

だが、真夜の予想に反して、僕はそんなには驚かなかった。

「……あれ? 驚かない………んですか?」

真夜の方が逆に動揺するくらいに。

―――まぁ、あたしみたいなのがそばにいるからだろうね

澪ちゃんがポツリと呟いた。

「そう言うこと」

「………え?」

と、真夜が驚いたかのように澪ちゃんの方に視線を向けた。

澪ちゃんの目と真夜の目があった瞬間。

「……ゆ、幽霊!?」

叫ぶと同時に、真夜はぺたりと床に座り込んだ。

どうやら、驚きのあまり、腰を抜かしてしまったようだ。

『あれ?』

思いも寄らなかった真夜の反応に、僕らは顔を見合わせた。

「……見えるの? この子」

「は、はいぃぃぃぃっ!」

―――へぇ、やっぱり人間じゃないから見えるのかな? ね、零一君?

澪ちゃんの声に、僕は苦笑した。

「そうなのかな、やっぱり」

僕は目の前の少女の反応に、実際のところ少し驚いていた。

恐怖の余り、歯をかちかちと鳴らせ、目には大粒の涙が浮かんでいる。

ウサギから変身した少女が、幽霊を怖がる。

滑稽と言えば滑稽だし、矛盾してるといえば矛盾しているとも言えなくはない。

……何か、矛盾してないか?

僕はそう思った。

でも、このまま真夜を放っておいたら、さすがに近所迷惑になる。

ただでさえ、綾さんと澪ちゃんがうちに遊びに来るようになってからはあんまりいい目で見られてはいないのである。

「あのさ」

遠慮がちに僕は真夜に声をかけた。

「は、はぃっ!?」

驚きのあまり、真夜の声は裏返っている。

「ま、落ち着いて。確かにこの子はちょっと変わってるけど、でも別に危害は加えない…………と思うから」

そこまで僕が言った次の瞬間、澪ちゃんがかみついてきた。

―――ちょっと零君、今の『…………』は何よ!

「い、いや別に意味はないよ」

―――なら何であそこで黙るわけ? 信じられない!

「ご、ごめん、澪ちゃん」

―――零君の馬鹿! 馬鹿馬鹿馬鹿!

「ごめんってばぁ…………」

何故か、一方的なケンカになってしまった。

………何でこうなるのかな………

必死で謝るかたわら、僕は不条理なものを感じた。

「あははっ」

その時、不意に真夜が笑い声をあげた。

「……何で笑うの?」

「あ、いえ、何か仲いいなぁって思ったんで」

その言葉を聞いて、僕は思い切り深い溜息を吐いた。

理由は簡単。目の前の真夜と綾さんの姿がダブって見えたからである。

……放っておいたら、絶対変な方向に持ってかれるな

そう思った僕は先手を取って口を開いた。

「……って言うか、話を戻すよ。君は一体何者だい?」

「だから、月からやって来たって………」

「澪ちゃん」

僕はチラリと澪ちゃんを見た。

澪ちゃんは大きく頷くと、腰に手を当て、真夜をにらみつけた。

―――ホントのことを言いなさい!

「は、はいぃぃぃぃっ! ご、ごめんなさい! 言います、ホントのこと全部言いますからぁぁっ!」

効果は絶大だった。


「あのですね。私、元々は人間だったんです」

最初に真夜の口から語られた言葉はそれだった。

「元々は人間?」

「はい」

……と言うことは、ひょっとして澪ちゃんと同じ境遇なのかも知れないな……

「その通り………だと思う……うぇ」

僕がそう思ったとき、後ろから声がした。

振り向くと、そこには青い顔をした綾さんがいた。

今にも吐きそうな感じで、まさに死人同然だ。

「綾さん………大丈夫ですか?」

僕は慌てて戸棚から酔い止めを出し、コップに麦茶を注ぐと、綾さんに手渡した。

「うん…………多分」

綾さんは力無く頷くと、麦茶を飲んだ。

「ふーっ」

「綾さん、無理はしない方がいいですよ」

「ごめんね、迷惑かけて」

「いえいえ」

「あの…………いいですか?」

戸惑った感じの真夜の声が聞こえた。

「あ、ごめん、いいよ」

「それでですね、私、昔から体弱くて、ずっと病院で過ごしていたんです」

―――あ、分かった。それで、満月の晩に死んじゃったってオチ?

澪ちゃんが茶々を入れた。だが、真夜は首を横に振った。

「違いますよ」

「じゃあ、何?」

すると、真夜はふっと寂しそうな表情を浮かべた。

「私、ウサギを飼っていたんです」

「ウサギ?」

「はい」

真夜がコクリと頷いた。

「父がどこかからもらってきて、それで私にくれたんです」

「くれた?」

「はい」

真夜は頷いた。

「私、昔から体弱かったから、友達もいなくて、でも、あの子のおかげで寂しくはありませんでした」

「ふーん……」

「私が死ぬとき、薄れ行く意識の中であの子が現れてこう言ったんです。『ご主人様、まだ死んじゃダメだ』って」

「へぇ………祝勝なペットだね」

僕は感心したように頷いた。

「はい。で、私の意識が再び戻ったとき、この子の体に乗り移っていたんです」

………何か、漫画みたいな話だよなぁ……

僕は何となくそう思った。どう考えても、漫画みたいな話しなのだからしょうがない。

―――なら、今までどうやって過ごしてきたの?

澪ちゃんが横から口を挟んだ。

すると、真夜の表情が変わった。

「気付いたら、どこかの河原にいたんです。それからは前より辛い地獄の日々が続いたんです……。野良犬や人間に追っかけられ、おもちゃにされ………」

そこまで言ったところで真夜の声は止まり、

「ううう………」

泣き出してしまった。


「綾さん、どう思います?」

僕は綾さんに尋ねた。

「うーん……ま、まあそう言うのもアリじゃないの………ぅぇ」

そこまで言うと、綾さんはテーブルに突っ伏した。

明らかに、力尽きてる。

―――しばらく放っておいた方がいいよ

澪ちゃんが呆れ顔で言った。

「はぁ………仕方ないなぁ」

僕は大きな溜息を吐いた。

とりあえず、僕は部屋から薄い布団を持ってきて、綾さんの背中にかけた。

「で、何でさっきはあんな事しようとしてたの?」

「ご、ごめんなさい! あの、気付いたら知らない人の家にいて、何かもっと虐められそうな気がしたんです、だから…………」

『……………』

怯えた目をして蹲った真夜から視線を外し、再び僕らは沈黙した。

「………キミさ、僕らがひどいことすると思ったの?」

僕はポツリと呟いた。

「……………」

しかし、真夜は答えない。

だが、小刻みに揺れているウサギ耳が、僕の呟きを無言の内に肯定していた。

―――図星、みたいだね………

澪ちゃんの声に、僕は小さく頷いた。

澪ちゃんの顔も心なしか寂しげに見えた。

どうやら、生まれつき不遇の人生を送っている上に、転生後の辛い生活の影響か、かなりのマイナス思考を持っている、僕はそう推測した。

だとしたら…………

僕は澪ちゃんをチラリと横目で見た。

澪ちゃんは無言で頷いた。

「ねぇ、真夜ちゃん……だったよね。良かったらさ、ここに住む?」

「え?」

僕の言葉が信じられないのか、真夜は目を丸くした。

「いいん……ですか?」

「うん。別に一人増えたって問題ないよ。それに、後ろの人達も半分居候みたいなものだし」

僕はそう言うと、後ろにいる綾さんと澪ちゃんを指差した。

一瞬、二人がむっとした表情を浮かべるが、気にしない。

だって、実際そうなんだから仕方がないのである。

それに、ここの大家は何故かそう言ったことには無頓着だ。真夜が一人住み着いたって、特には問題ないはずだ。

すると、真夜の表情がパッと輝いた。

「あ、ありがとうございます!」

真夜は僕の手を取ると、ブンブンと振った。

喜びの余り、本人は気付いてはいないだろうが、僕にとってはたまらなかった。

「い、いたい痛い、分かったから止めて、分かったからぁぁぁ………」

僕は文字通り振り回されてしまったのである。

恐るべし、真夜。


「で、綾さん、どうすればいいでしょうか?」

まだふらつく視界の中、僕は綾さんに尋ねた。

「………あのさ、れーいちくん…………今のあたしの状態考えてる?」

綾さんは息も絶え絶えに言った。

「もちろん」

何を今更。

「なら、今は放っておいてよ」

「それでも、あの子を放って置くわけには」

「……零一君、優しすぎだよ」

いつになく強い調子の僕に、呆れた風に言う綾さん。

―――綾ちゃん!

「ん……何よ、澪」

―――今回は、あたしが頑張るから、綾ちゃんはゆっくりと休んでて!

『え?』

驚いた僕らの声が見事にハモった。

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

―――待たない!

次の瞬間、部屋の中に強烈な閃光が走った。

「あーあ、やっちゃった」

僕は呆れたように呟いた。

数秒後、光の中から二人が現れた。

いつになく澪ちゃんの顔は険しかった。

「零君、早速行こう!」

澪ちゃんはそう言うと、僕の腕を掴んだ。

「わ、分かったよ」

僕は立ち上がった。

「………零一…君…………ちょっと……待って」

綾さんの弱々しい声に、僕は振り返った。

そこには、蝋人形みたいに真っ白な顔をした綾さんがいた。

どうやら、限界値ぎりぎりまで力を吸い取られてしまったらしい。

今度こそホントに死人寸前である。

「綾さん……本当に大丈夫ですか?」

「これ……持ってって」

そう言うと、綾さんはメモを僕の手に握らせた。

「……これに、あの子を助ける方法……書いておいたから」

「わ、分かりました」

僕が頷のを見て、綾さんはふらつく足で部屋に消えていった。

………ここ、僕の部屋なのに

僕は思い切り深い溜息を吐いた。

もちろん、本人に言っても無駄なので、とっくの昔に諦めているのだが。



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