〜2.出会い〜


夕暮れ迫った海沿いの小道を、子供達が群れて歩く。

この道をちょっと歩いた先にある神社で、お祭りがある。海の神様を祀った神社で、この辺りの子供達は、みんなこのお祭りを楽しみにしていた。

その集団から少し後れたところを、一人の少年が歩いていた。

それなりに眉目は整っているのだが、これといった特徴のない少年。

少年の名は藤崎零一。この時十歳。


「………おーい、ゼロ、先行くぞー」

前を行く少年の一人が僕に声をかけてきた。

長身で浅黒い、坊主頭の少年だ。

彼の名は、北条きたじょう純也じゅんや

僕にとって、数少ない友達の一人だ。

ちなみにゼロというのは、その頃の僕のあだ名で、名前の“零”から取ったものらしい。もっとも、僕個人的にそのあだ名は気に入ってる。

何か、スパイみたいでかっこいいから。

「……先に行ってていいよ」

僕は俯きながらぼそりと言った。

「分かった。じゃあ、先行っとくぞ」

そう言い残して、純也達はさっさと歩いてった。

「……はぁ」

夕日が水平線に沈むのを横目に、僕はとぼとぼと一人歩いていた。

その表情は暗く、どんよりとしたため息を絶えず吐いている。

周りから見たら、今にも死ぬんじゃないかって思われそうなくらい、僕は沈んでいた。

その訳は、僕にも分かんない。

……………

どんよりとした気分だと、周りは全て暗く見えるもので、まぶしく光を放つ夕陽も、僕の目にはくすんで見える。

おまけに、そんな精神状態の時は集中力も鈍りがちで、ぼーっとしがちだ。そんなもんだから僕は、曲がるべき角を曲がり忘れたことも気付いちゃいない。

その結果。

「……あれ?」

僕はふと立ち止まった。

「…………ここ、どこ?」

……道に迷った。

ふと気がついた時、僕はうっそうとした林の中、一人立ち尽くしていた。

どうやら、いつの間にか道を間違えて歩いてたようだ。

「……遭難?」

僕はその言葉をそっと吐き出した。

だが、答えを返してくれるものはいない。

「…………嘘?」

……嘘じゃない。正真正銘の遭難だった。


「ど、どどど、どうしよう……」

突然の展開に慌てふためく僕の前に、不意にそいつは姿を現した。

「………どうしたの、キミ? こんな所で……」

海のような青い着物を身に纏い、小麦色に日焼けした、健康的な少女だった。

年は僕より少し上くらいだろうか、どことなく全身から大人の雰囲気を醸し出していた。

「……道に迷って、お祭りに行こうとしてて、ぼけっとして歩いてて、気が付いたらここに…」

途中くらいから、涙声になって、言葉になっていなかったけど、それでも少女には伝わっていたらしい。少女は軽く頷くと、そっと僕の肩を掴み、そして、優しい声で言った。

「大丈夫。あたしと一緒にそこまで行こ。だから安心して」

「………うん」

僕は腕で涙をぬぐうと、微かに頷いた。

「じゃ、決まり。行こう!」

そう言うと少女は、僕の手を握った。

僕は、おとなしく少女について行った。

「そう言えば、お姉ちゃんの名前、なんて言うの?」

すると、少女は複雑な表情を浮かべた。

「お姉ちゃんって、あたしまだ十歳なんだけど………」

「……え? 僕と同じ年なの?」

その瞬間、僕は軽いショックを受けた。

……同い年なのに、何でここまで違うんだろ?

少女と自分の大人っぽさのギャップに、心の中でそう呟く僕。

でも、少女はお構いなしに言葉を続けた。

「あたし、みおっていうの」

「澪………ちゃん」

「そう。君の名前は?」

「……藤崎零一。ゼロって呼んで」

「ゼロ……君?」

「うん」

そして、僕らはそのまま森の奥へと進んでいった。


そして、森の中を歩くこと数十分。

「……着いたわ」

澪ちゃんの声に、僕はきょろきょろと辺りを見回した。

「あ……本当だ」

澪ちゃんの言葉通り、僕の目には、神社の鳥居が写っていた。

どうやら、神社の横に出てきたらしい。提灯の明かりが僕の胸に何とも言えない安堵感を感じさせた。

「よかったぁ……」

安堵感の余り、僕はぺたりと地面にへたれこんだ。

「ふふ」

そんな僕を見て、澪ちゃんはくすくすと笑った。

と、澪ちゃんは何か思いついたのか、不意に手を合わせて言った。

「そうだ、ゼロ君。お祭り……一緒に見ない?」

突然の誘い。

本来だったら、僕はそこで顔を真っ赤にして、慌ててたと思う。

でも、この時の僕は違っていた。

「じゃ、早速行こ!」

そう言うと僕は、澪ちゃんの手を引っ張って走り出した。

普段の僕にはあり得ない強引さと積極性。

今思うと、この時だけは、僕は僕でないような……そんな気がしていた。


「ねえねえ、ゼロ君。あれって何?」

澪ちゃんが指差した先を見てみると、射撃の屋台があった。僕らに気が付いたのか、ねじりハチマキしめた屋台のおっちゃんがしきりに、僕らに向かって手招きをしている。

「んーと、あれは射撃。やってみる?」

「うん」

その言葉を合図に、僕らは射撃の屋台に吸い込まれていった。

僕は銃を手に取ると、早速、狙いを定めて銃の引き金を引いた。

―――すかっ

「はい、残念」

……外してしまった

一方の澪ちゃんはと言うと、銃を見ながら、怪訝そうな顔をしていた。

「……最新式の種子島かしら? それにしちゃ、仕組みが違うような………」

澪ちゃんの呟きは、あいにく僕には聞こえなかった。

「澪ちゃん、やんないの?」

「あ、やるよ」

そう言うと澪ちゃんは、慌てて照準をつけ始めた。

澪ちゃんの指が静かに引き金を引き――――。

パン!

パシッ!

ころん。

発射された弾は、ぬいぐるみの一つを見事に撃ち落としていた。

「当たりぃぃぃぃっ!」

おっちゃんの声が高らかに響く。

「やった、当たったぁ!」

澪ちゃんは腕を高く上げて喜んだ。

「おめでとう、澪ちゃん」

……男の面目が…

僕は祝福する一方で、ちょっとだけへこんでいた。


その後、僕らはいろんな屋台を回った。

ヨーヨー釣り、リンゴ飴、たこ焼き、かき氷、金魚すくい……。

驚いたことに、澪ちゃんはどれも初めて見るものばかりだったらしい。

「澪ちゃん……」

その訳を聞こうと、僕は口を開こうとした。

でも、何か悪い気がして、僕は口を閉じた。

……でも、知りたい!

僕がそんな葛藤に苛まれていたその時。

「ゼロ、遅かったな」

僕の目の前に、純也が姿を現した。

「ゴメン、純也。ちょっと道草食っちゃって」

僕は頭を掻きながらそう返した。

その時、僕は純也の変化に気が付いた。何か額にだらだらと汗を流し、顔を青ざめている。

「……どしたの、純也? 顔色悪いよ」

「ゼロ………」

純也が、震える手でこっちを指差した。

「あ、隣の子? 澪ちゃんって言って、迷子になってた所を助けてもらったんだ」

だが、僕の声は、純也には聞こえてなかった。

「……き、消えた………」

掠れた声で、その言葉だけを繰り返す純也。

「………え?」

三回目の言葉で僕は気づき、横を見た。

……いない

純也の言葉通り、そこにいるはずの澪ちゃんはいなかった。

「澪ちゃん? どこ行ったの?」

僕は周りをきょろきょろと見回した。

でも、姿も形もない。

「…ぜ、ゼロ、今、お、お前のそばにいた奴…。い、一瞬の内に消えたんだぞ」

「え!」

その瞬間、僕は背筋に冷たいものが駆け抜けるのを感じていた。

そしてその後に、僕の頭の中に、恐怖に似た何かが現れ、僕の頭の中を犯していった。

「……う、嘘だよ、そんなの……」

僕は、周りの景色が急に歪んでいくのを感じた。

「嘘だぁぁぁぁぁぁっ!」

次の瞬間、僕は走り出していた。

突然の展開に、僕の神経はショートし、錯乱状態に陥ってしまったのだ。

「お、おいゼロ!」

錯乱状態なわけだから、もちろん、純也の声なんて聞こえちゃいない。

僕はそのまま、森の中にその姿を消してしまった。



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