七月のある日、太陽も西の空に沈もうとしてた頃。
暑さと戦いながら、僕、
大粒の汗をハンカチでぬぐいながら、海沿いの道をちょっとだるそうに歩く僕。暑さによっぽど弱いせいもあってか、かなり足取りも乱れている。
「そりゃまあ、夏だもんね」
僕の横を歩いている少女がそう言ってニッコリと笑った。
ブルーのTシャツに、ジーンズ姿。ちょっと長めの髪を後ろでくくっている、可愛い系の少女。
彼女の名は
彼女の家は、代々幽霊と関わってきた一族で、いろんな不思議な力を持っているらしい。
彼女自身も「お助け屋」ってのを営んでいて、それが縁で、僕は綾さんと知り合い、そして今では、綾さんのパートナーとして頑張っている今日この頃だった。 「それにしても、ホントに今日は暑かったですね」
「そうだね」
堤防の上に僕らは腰掛けた。
「はい、零一君」
「ああ、ありがとうございます……」
僕はアイスを受け取ると、すぐさま口に含んだ。
甘いバニラの味と、冷たさが口にあふれる。
「あー、やっぱり夏はこれじゃないとねー」
綾さんはラムネを一口飲むと、そう言った。
確かに、こんな暑い日に冷たい物は一番効く。
その時。
ピーヒャラ………
不意に、どこからかお囃子の音が海風に乗って聞こえてきた。
「お祭りがあるみたいですね。綾さん…………?」
僕は横を向く。
「………綾さん?」
だが、そこに綾さんは居なかった。
「………って、あ!」
お囃子を聴くやいなや、綾さんはダッシュしていた。
「お祭りだー!」
まるで子供のような(と言うよりまるっきりコドモ)笑顔で、お囃子の聞こえる方にダッシュする綾。
……あの女、ほんとに僕より年上なんだろうか……?
心底、僕はそう思った。でも、ほっとくわけにも行かない。
「しょうがないなぁ………」
僕は溜息をひとつ吐くと、綾さんの後を追っかけた。
「わぁ、お祭りやってるよぉ……」
綾さんの後を追っかけること十分。辿り着いたところはここら辺で一番大きな神社の前だった。
「あ、本当だ……」
肩で息をしながら、僕は綾さんの言葉に同意した。
綾さんの言葉通り、神社に続く道の両脇には、たくさんの屋台が所狭しと建ち並び、宙には、たくさんの提灯が明るく輝いている。
そして、笑顔でお祭りを楽しんでる人の群れ…。
それはまさに、日本の風物詩の一つであるお祭りの光景だった。
「どうします? 綾さん」
僕は綾さんに聞いた。
……どうせ、答えは分かってるんだけど
「行こ! 零一君!」
予想は見事的中した。
綾さんはいつもの如く僕の腕を引っ張って歩き出した。
「はいはい」
もちろん、答えは聞く前から分かってたわけだから、僕は素直に従った。 そのまま、僕らは屋台の群れの中に消えていった…。
それから数時間後。
「楽しかったね。零一君」
「そうですね」
僕らは神社の裏手にある石垣で、夕涼みしていた。
すでに日は沈み、暑さもだいぶ和らいできていた。
僕らの傍らにはいろんなものが置いてある。
焼きそば、たこ焼き、ヨーヨー……。
それは、僕らが十二分にお祭りを楽しんだという証でもあった。
「あー、涼しい」
サァッという音を立て、海風が綾の髪を揺らす。
この神社は特殊な作りをしていて、神社の裏手がちょうど海に面している。昔、この辺りにいた水軍の殿様が本拠にしてた城がここにあったらしい。
「あー。それにしてもお祭りなんて久し振り」
綾さんは軽く伸びをすると言った。
「へぇ、そうなんですか」
僕の声に、綾さんは軽く頷いた。
「そう。あたしの家の辺りって、あんまりお祭りってのをやらないとこなんだ」
「ふーん、じゃあ、良かったですね、今日は……」
「そーいうこと。ありがとね、おごってくれて」
「……いいですよ、別に。もっとも、財布は空っぽになっちゃいましたけどね……」
僕の皮肉混じりの返事に、綾さんは軽く笑ってごまかした。
「零一君とこは?」
「……子供の頃は近くの神社でお祭りやってました。それに……」
とその時、
不意に一匹の蛍が僕の手のひらにとまった。
「へえ、蛍だ」
綾さんは興味深そうに、僕の手の上の蛍を見つめている。 「綺麗……」
蛍は僕の手のひらの上で、微かな光を放っている。
と、その蛍が一瞬、強い光を発した。
「………あっ」
―――瞬間、僕の頭の中にうっすらと昔の記憶が姿を現した。
霞がかった、でもどこか懐かしい思い出が。
それは今まで、僕の記憶の奥底に眠り続けてきた思い出だった。
今までずっと思い出せなかった記憶なのに、それは不思議にも僕の頭の中に甦った。
「どうしたの?」
急に黙り込んだ僕に、綾さんは不思議そうな視線を向けた。
「……いや、ちょっと昔のことを」
「どんなこと?」
綾さんは目を輝かせながら、詰め寄ってきた。
その目には、「好奇心」という厄介な光が浮かんでいる。
「い、いえ。何でもないで……」
何かやな予感がする。
瞬時にそう感じた僕は、慌てて話の矛先をかわそうとした。
が、それは甘かった。
……!!
いきなり、目の前の景色が急に歪む。
「ごめんねー」
薄れゆく景色の中、僕は確かに見た。
小悪魔の笑いを浮かべている綾さんの姿を。
……やられた………
そう思った次の瞬間、僕の意識は途絶えた。
「ふふふ」
意識の途絶えた僕を見据えながら、綾さんはちょっとサディスティックな笑いを浮かべた。
「ゴメンね、零一君。あたしそういうのって、どうしても知らないと気になって夜も寝れないんだよ……ふふふ」
そう言うと綾さんは、僕の手を握って念じ始めた。
「この者の奥に棲みし記憶よ、いま我が元にその姿を……」
すると、僕らの周りがほのかに光を帯びた。
その光の中に、僕らの意識は静かに吸い込まれていった……。