〜1.突然の出会い〜

ピピピピピピ。

目覚ましが細かい音を立てて、耳を刺激する。

そして冬の寒さが、あっという間に僕の頭から眠気を奪っていく。

「ふぁ〜あ、朝か…」

布団の中から、僕はのっそりと頭を出した。

寝ぐせのついたボサボサ頭に、それなりに眉目は整った顔立ちながらも、特にこれといった特徴はない顔。

僕の名は、藤崎零一ふじさきれいいち。十九歳。

本当にどこにでもいるような普通の大学生だ。

「とりあえず、テレビつけよ……」

僕は、目をこすりながらテレビを付けた。

すると、真っ先に画面に出てきたニュースで、美人アナが街中でこんなこと聞いていた。

『あなたの夢は、何ですか?』

聞かれた人々は口々に答えてった。

それは「給料アップ」だったり、「彼氏が欲しい」だったり、「大学合格」だったり……。

形や大きさ、願うことは違っていても、でもみんなそれぞれ夢を語っていく。

「夢って………何だっけ?」

だが僕は、テレビの前で首をひねっていた。

そう。僕の頭の中には、『夢』って言う単語は存在していない。

いや、あることにはあるんだろうけど、実際にはどんなものなのかは、自分でもよく分かっていない。

「夢……か」

僕はそこで溜息を吐いた。

「僕の夢って、あったのかな?」

思い起こしてみると、僕の人生に「夢」というのは影も形もなかった。

小学校、中学校、高校と、何の目的もなく過ごし、そして今の大学に。

大学に入っても、特に興味を示すものもなく、だらだらと過ごす毎日。

そして、これからもみんなと同じ流れに乗った、平凡すぎる一生を過ごすのだろう。

そう考えると、何だか朝から気が重くなってくる。

……『夢』って、一体何なんだろう?

僕は心の中でそう呟くと、少しシミのある天井を見上げた。

でも、天井が答えてくれるわけもない。

「ま、そんなことどうでもいいか」

僕は気持ちを切り替えると、朝の支度をし始めた。


そして夕方。

「あぁ、疲れた」

冬の匂いがする公園の並木道。

日が落ちるのも早く、既に周りは薄暗くなっている。

そんな中、僕は並木道を歩いていた。

「それにしても、寒くなってきたな…」

温暖な瀬戸内地方にあるこの街でも、十一月の終わりには、それ相応に寒くなる。

僕が着ているジャンパーだけじゃ、さすがにこの寒さには勝てない。

「今日もまた、何にもない一日だったなぁ」

僕は軽く腕を伸ばすと、一人呟いた。 

と、その時だった。

ヒュゥゥゥッ!

不意に風を斬る音が僕の耳に届いた。

そして。

スタンッ!

次の瞬間、僕の目の前に、一人の少女が現れた。

どうやら、目の前の木から飛び降りたみたいだ。

僕よりちょっと小柄な少女。年で言ったら十五、六くらいだろうか。

顔の方も、どっちかと言うと可愛い系。結構レベルも高い。

白いセーターに、チェックのミニスカート。首にはマフラー。

夜だから、色はハッキリとは分かんないけど、着ている服もそんなに変わっているわけでもない。

どこにでもいるような普通の少女。

……ただ、木の上からいきなり現れたことを除けば。

「………へ?」 

いきなり目の前に現れた少女に、ぽかんと口を開けて、少女を眺める僕。

そんな僕に、少女は唐突に問いかけてきた。

「君の『夢』は何?」

「へ?」

僕は最初、少女が何をいっているのか分からなかった。

「だからあたしに、君の『夢』を教えて」

「………………夢、ですか?」

ようやく、僕は喉の奥から言葉を絞り出した。

「そうよ」

少女は大きく首を縦に振った。

「…………」

その時、僕は困惑していた。

いきなり、何言い出すんだ?

僕は心の中でそう思った。

意表を突く登場をしてきた上に、いきなり『あなたの夢は何ですか?』と聞かれた経験はさすがにない。

と言うより、何でいきなりこんな事を聞かれなければならないんだ?

第一、『夢』という単語自体の意味さえも、僕は理解していないのに。

「『夢』って一体何なんですか?」

僕は逆に少女に聞き返してみた。

「え!」

今度は少女の方が驚いた。

「君、『夢』って言葉、知らないの?」

少女は僕の目を覗き込むように、顔を近づけてきた。

と、少女の大きな瞳と、僕の目が合った。

その瞬間、僕の胸の鼓動は一気にスピードアップした。

「あ、ああ」

僕は真っ赤になりながらも、そう答えた。

「珍しい奴……」

少女は物珍しげに僕を見ながら、ぼそっと呟いた。

そんな少女の態度に、僕はむっとした。

「悪かったな。珍しい奴で」

「あっ、聞こえてた? ゴメンゴメン」

少女は右手を軽く振って謝った。

「……別にいいよ。それより、何でいきなりこんな事聞いてきたの?」

僕は、自分が抱いていた疑問その一を尋ねた。

ちなみに疑問その二は、少女は何者か、と言うことだ。

「……」

すると、少女は黙り込んだ。

「黙ってたら、分かんないんだけど」

少女の沈黙に、思わず声を荒げる僕。 

すると、少女の唇が動いた。

「……あたしにも分からない」

「え?」

予想だにしなかった少女の答えに、僕の思考回路はストップしてしまった。


「教えてくれない?」

僕はコーヒーを一口含むと、少女に言った。

ここは公園のすぐそばにある、喫茶店「with」。

僕の行きつけの店だ。

「……っていうと?」

少女はココアを一口飲むと、そう僕に聞き返してきた。

「……とりあえず、君のこと」 僕は改めて少女に聞いた。

すると少女は、ココアをもう一口飲むと、再び口を開いた。

「んーと。とりあえず順を追って話すけど…………。長くなるよ?」

「別にいいよ。どうせ暇なんだ」

「りょーかい」


「とりあえず、自己紹介ね。あたしの名前は脇坂綾わきさかあや。二十歳のフリーター」

「え!」

その瞬間、僕は驚きの余り思わず叫んでしまった。

……二十歳って事は、二十歳って事は………僕より年上?

どう見ても、彼女は十五・六にしか見えない。

余りの衝撃的なことに、僕の思考回路は再びストップしていた。

女は外見だけじゃ分かんない……。

僕は、心の中で呟いた。

「そういや、君の名前聞いてないんだけど」

彼女の声で、ストップしてた僕の思考回路は復活した。

「あ、僕の名前は藤崎零一。十九の大学一年生」

「え!」

今度は彼女が驚いた。

「年下なんだ。あたし、てっきり年上かと」

「いいから続きを」

僕は彼女の言葉を遮った。

何となくだけど、この女のペースに合わせたら、とんでもない展開になりそうだ、そんな嫌な予感が僕の脳裏によぎったからだ。

「あ、そっか」

僕の言葉に納得したのか、彼女は、二、三度頷いて見せた。

「えっと、脇坂さん?」

「あ、綾でいいよ」

「じゃあ綾さん。どうして、僕に声かけてきたんですか?」

「んーと……」

すると、綾さんは腕組みをして何かを考え始めた。

それを見て僕はこう思った。

ひょっとして………何も考えてなかったのか?

こんな奴に絡まれた(?)ことをちょっとだけ僕は後悔した。

数分後、ようやく綾さんは口を開いた。

「君を見てるとさ、何かが足りてないって言うか、なんて言うか…。空っぽみたいに見えたんだ」

「空っぽ……ですか?」

この女、やっぱへンな奴。

この時、僕はそう結論づけた。

だが、この時の僕は気付いていなかった。

綾さんの言葉の本当の意味を。

多分綾さん本人も、この時にはそれに気付いていなかったと思うけど。

「そう。だから声かけたんだと思う。それだけかな?」

「……そうですか」

僕は、苦笑いを顔に浮かべ、そう返した。

「じゃあ、木の上から現れたのは?」

「んーと、あれは演出。ただ目の前に現れるより、木の上から飛び降りる方がインパクトあると思ったから」

………やっぱり変だ、この女。

僕はそう確信した。

その後はたわいもない世間話に花を咲かせた僕らだった。


「ココアありがとねー!」

子供みたいに手をブンブン振って闇の中に消えていく綾さん。

「はいはい」

僕は軽く手を振ってそれを見守る。

綾さんが完全に闇の奥に姿を消したのを見届けると、僕は一人呟いた。

「変わった子だったな……」

天真爛漫で、ちょっと思考のベクトルがずれてて、でも、それを不思議に感じさせない空気を持っている……。

少なくとも、自分の周りにはいないタイプだ。

綾さんとは出会って数時間だけど、かなり面白く、そして充実した時間を過ごしていたような気がする。

こんな気持ちになるのは、久し振りだった。

「もう会うこと……無いんだろうな」

僕は寂しげに呟いた。

「あ!」

呟いた瞬間、僕はあることに気が付いた。

「ケータイの番号、聞いとけば良かった!」

冷静に考えたら、物凄いイージーミスだった。

「はぁ…。惜しいことした……」

僕はちょっとだけうなだれたまま家路に就いた。

でも、運命って言うものは案外意外で、気まぐれなものなのかも知れない。

そして、縁がある時ってのは、どこまでも偶然が重なるって事も。

数日後、僕はそれを思い知らされることになった。

そして、綾さんと出会ったことが、僕の「何か」を変えるきっかけになることも。



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