〜プロローグ〜


―――その夜は、雨がとても強い夜だった。

竹藪の中、一人少年が立ち尽くしていた。

………

真っ白な髪が目立つ、普通の少年であった。

絶え間なく強い雨が降り注ぎ、少年を打つ。

もっとも、少年はそんなことは気にしてはいない。

昔からこうなのだ。

気が遠くなるような昔から、少年はずっとこの世を移ろい続けてきた。

風のようにフワフワと生きることを望んだ少年の選択の結果。当然と言えば当然だった。

だが、いつの日からだろう。

こんな日々を過ごすことになってしまったのは―――。


「……くくく。あんたもここで終わりね」

下品としか言いようのない女の声が、雨の向こうから聞こえた。

その声で、少年は意識を前に向けた。

もっとも、雨が強い影響もあって、少年の目からは女の姿はぼやけてしか見えない。

  更に言えば、目に狂気の光を宿した男達十人余りに、少年は取り囲まれていた。

手には思い思いの得物を抱え、女の指示を今やと待ち望んでいる。

一方の少年は、丸腰。まさに、危険きわまりない状況に立たされていた。

「あんたみたいな「術師」は、生かしておくわけにはいかないからね……。まして、あの鬼一法眼流の術師ときたら何よりだよ」

女の言葉にもあるとおり、少年は鬼一法眼流という陰陽術の術師であった。

ふん、勝手なもんだ。

少年は心の中で毒づいた。

僕は風のように世を移ろっている。別に、手出ししなければ、こっちも手出ししない。ならば何故、僕は襲われなければならないのか?

少年は、何か不条理なものを感じた。

「あんた達が動くほどの者なのか? 僕は」

「ふ、あんたらしい答だねぇ」

女は再び笑った。

「あんたが生きていると、困る奴も結構いるんだよ。ま、あたしらの主人は別の考えがあるみたいだけどね」

「主人……ね」

少年は皮肉っぽく呟いた。

どんな阿呆なんだろうね、その主人とやらは。

僕みたいな奴を危険視するなんて……


「何か言い残すことある?」

女の声に、少年は笑った。

「……別に何もないさ」

あざけるような感じの返答に、今まで少年の言葉にさんざん我慢してきた女だったが、ついに切れた。

「やっておしまい!」

その言葉を合図に、男達が動き出した。

一斉に「うおおっ!」とか、「喰らえぇっ!」とかいった雄叫びを上げて、少年に襲いかかる。

―――仕方ないか

少年は心の中でそう呟くと、能力を発動させた。

「うあっ!」

体中の血がうねり、快感にも似た何かが、少年の身体を駆け抜けた。

その間にも、男達の得物は、どんどん近づいていく。

だが、男達は少年の変化に気付いていない。


男達の得物が、少年を捉えるまさにその瞬間、全ては一瞬だった。

『!』

男達の叫びが止まった。

同時に、その瞬間、あれほど激しかった雨が、一瞬にして止んだ。

いや、違う。

刹那、赤い雨が降り注いだ。

「な、何?」

いきなりの静寂に呆然とした女の目に、驚愕すべき光景が浮かんだ。

―――くくくくく

少年が、血の雨に打たれながら、こちらに向かって歩いている。

その白い髪が、血とかつて男の姿であった、今では微塵となってしまったその肉が絶え間なく降り注ぎ、少年の髪を、どす黒く変色させている。その様子が、いつの間にか空に浮かび上がった満月に照らされて闇に浮かび上がり、よけいに不気味さを増幅させている。

 目は銀色に光り、その右手に握られている太刀には、男達の血肉で、これまた少年の髪のようにどす黒く染まっている。

「…………ひ、ひぃぃぃ………!」

恐怖に顔を歪めて、必死に少年から逃れようとする女。

少年は、凄絶としか言いようのない笑みを浮かべ、女の首筋に刀を回した。

―――聞きたいことがある

氷よりも冷たい少年の声に、女は再び震え上がった。

「き、聞きたいこと?」

―――そうだ。お前の主人の名は?

「しゅ、主人の名?」

―――そうだ。返答次第に寄っちゃ、助けてやらん事もない

助かる道を授けた少年の一言に、女の目が輝いた。

「わ、わかった、言う、言うから、命だけは!」

女は叫ぶように答えた。

―――じゃあ、早速答えろ。お前の主人の名は?

「………『夏葉』」

刹那、少年の表情が変わった。

思い切り意表を突かれたらしい。今の少年には合わない、動揺を浮かべている。

一瞬の隙を付いて、女は少年の腕から逃れ、足元にひざまついた。

―――夏葉だと?

「そ、そうだ。だから、命だけは……」

必死の形相で少年にすがりつき、命乞いする女。

だが、それは無駄な行為だった。

―――さよなら

少年はそう呟くと、その手を軽く動かした。

「――――――!」

次の瞬間、女の身体はみじん切りとなっていた。

ボタボタと、そんな擬音を立てて、かつて女だった肉は雨上がりの土の上に転がる。

少年は、ワザと切らなかったのか、女の首を拾い上げ、そして、その耳にそっと呟いた。

―――なかなか、楽しかったよ……。でもね

ぞっとするような冷たい声。

―――僕に手を出したのが、間違いだったんだよ。静かに、眠っておくれ

その時、一陣の夜風が吹いた。

ふと、何かを思い出したかのように、少年は空を見上げた。

空には、煌々と月がその光を放っている。

―――夏葉よ。キミはまだ、生きているのか………。

少年は、女の口から垂れている血液を軽く吸い、そして高笑いした。

―――ははははははははは…………

月明かりに照らされながら、女の生首を手に笑う少年。

それはまさに、『狂気』としか表現することが出来なかった。


そして、少年は再び、時代の渦に、その姿を埋めていった。


―――夏葉、君に逢えるときを楽しみにしているよ………

その一言を残して。

時は流れる……。



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